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種生物学会 - The Society for the Study of Species Biology

Last Updated on 15-11-2017

これまでの蝶とこれからのチョウ / 坂本亮太(岐阜大学・応用生物科学部)


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種生物学会 電子版和文誌 第1巻1号 2016年3月

                     

   

                     

これまでの蝶とこれからのチョウ

シンポジウム「送粉者としてのチョウを考える」の趣旨説明

   

坂本亮太(岐阜大学・応用生物科学部)

     

 

 

 蝶は我々日本に住む人々にとって,大変なじみ深い昆虫である。歌謡・アクセサリー・絵画といった芸術のモチーフとして古くから親しまれ,ひらひらと飛ぶ姿は,時代を問わず昆虫少年・少女たちを虜にしてきた。生物学の研究対象としても多くの観察・実験が行われ,日浦勇先生の名著:蝶がきた道(蒼樹書房)をはじめとして,生活史や美しい斑紋の謎が遺伝基盤を含めて多方面から明らかにされつつあり,チョウに対する知見は着実に蓄積している(図1)。

    

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図1.多様で美しい蝶たち 

     

 しかしながら,これら「なじみ深い蝶」を,花で採餌し身体に花粉を付けて運び植物の有性生殖を担う動物・送粉者として見つめたとき,その理解度は一変する。現在までにチョウの送粉能力を解析した研究例は数多あるが,「送粉者としてのチョウ」の評価は定まっていない。とある研究ではチョウの送粉能力は極めて高く評価され,別の研究ではほとんど送粉機能を果たしていないと結論づけられたりしている。加えて,チョウは花粉を全く運ばない盗蜜者であると結論づけた研究例も散見される。

 なぜ送粉者としてのチョウの理解はすすんでいないのか。演者はその理由を,以下の2点によるものだと考えている。

 一点目は,学術分野としての送粉生態学は養蜂学にルーツをもち,さらにはヨーロッパに起源をもつことである。養蜂学で扱うセイヨウミツバチと蜂蜜は重要な資源であり,ミツバチへの理解をもたらす送粉生態学は,重要な農業技術であった。加えてヨーロッパには,セイヨウオオマルハナバチをはじめとした,社会性ハナバチ類が多く生息する。これらハナバチ類では,働き蜂が繰り返し,数多く,連続して花を訪れるため,観察が容易であり,かつ,見るからに送粉者として有能だと感じる。またチョウの多様性も,ヨーロッパ全体で400種あまりであり,日本のそれ(250種あまり)と比べて高くない。これら文化的・生物地理学的な背景は,ハナバチ類を送粉生態学の主役に押し上げ,ハナバチ類以外の動物の存在を軽視する一因となり,送粉者としてのチョウは(なかば意図的に)忘れられてきた。

 二点目は,そのような背景のもと,ハナバチ類以外の送粉者を評価する観察手法・実験手法が確立されていないということである。我々によるクサギを用いた研究によると,クサギの種子生産に対してアゲハチョウ属は有益な送粉者である。なぜなら,野外のクサギからアゲハチョウによる訪花だけを実験的に取り除くと,クサギの種子生産量は有意に低下したからである(図2,図3)。一方で,ホシホウジャクというガの一種を取り除いてもクサギの結実量は低下せず,ホシホウジャクはクサギの種子生産に貢献しない,盗蜜者であった。しかしながら野外での訪花量は,アゲハチョウよりもホシホウジャクの方が5倍以上も多かった。クサギの主たる送粉者はアゲハチョウであるが,主たる訪花昆虫はホシホウジャクというミスマッチが生じていた。

   

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図2.クサギに訪れる送粉者たち   

 

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図3.送粉者ごとに異なる送粉貢献

    

 クサギへの訪花頻度と送粉能力の間にミスマッチが生じた要因は,訪花行動をゆっくりと観察することによって,その一部を理解できた。昆虫の訪花行動をスローモーションカメラで撮影し,目視の10分の1程度のスピードで観察した結果,アゲハチョウによるクサギの葯や柱頭への接触頻度は,ホシホウジャクに比べて有意に高かった(図4)。アゲハチョウは訪花量が少ないものの送粉機会が多く,ホシホウジャクは訪花量が多いものの送粉機会が少ないと理解できた。昆虫種によって訪花量と送粉量の関係性は異なっていたのである。この事実は,訪花回数を計測し,送粉者間で比較するといった,既存研究で主に取り入れられてきた手法では示されることのない結果であった。

 

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>>> 画像をクリックすると動画が開きます <<< 

動画1.クサギに訪花するカラスアゲハ (10倍スローモーション) 

    

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図4.スローモーションカメラで新たにみえた送粉能力    

 

 本シンポジウムの企画者らによるクサギを対象とした研究例は,様々な種類の昆虫種の間で送粉者としての能力を比較したい場合,従来のハナバチ類を観察するために用いられてきた手法だけでは困難であることを示している。では,どのような観察手法を用いれば,チョウの送粉能力を評価し,他の昆虫種との間で比較することができるようになるのだろうか?その疑問の一助となるのは,現在までに蓄積されてきたチョウに対する知見である。本シンポジウムでは,送粉者としてのチョウを理解するために重要な視点だと考えられた,

・チョウは何を記憶するのか(香取・近畿大)

・チョウは何を見ているのか(木下・総研大)

・チョウはどのように飛んでいるのか(菊池・千葉工業大)

について紹介いただく。送粉者としてのチョウを切り取る3つの話題と,ハナバチ類の送粉を研究対象としてきたコメンテーター(大橋・筑波大)によって議論を深め,送粉者としてのチョウの特徴を整理し,今後の課題・展望を見出す機会とする。

    

参考文献

Sakamoto et al. (2012) PLoS one, 7: e33803

Sakamoto et al. (2012) Behav Ecol Sociobiol 66: 669-674

Sakamoto & Morinaga (2013) Naturwissenschaften 100: 871-876

   

    


第47回 種生物学シンポジウム

会期: 2015年12月4日(金) ~ 12月6日(日)

会場: かんぽの宿 岐阜羽島 (岐阜県羽島市桑原町午南1041) 

「 送粉者としてのチョウを考える 」 

【12月6日(日)】 9:30 - 12:00(午前の部)

13:00 - 15:40(午後の部)

     

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