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【報告】第9回片岡奨励賞受賞者からの研究紹介

新着情報 2016年01月17日

第9回(2015年度)片岡奨励賞授賞者である石崎智美さんと岩崎貴也さんに、研究紹介をしていただきました。ますますのご活躍をお祈り申し上げます。

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石崎 智美 氏

 この度は片岡奨励賞をいただきまして、誠にありがとうございます。歴代の受賞者の方々は大変素晴らしい研究をされていらっしゃり、私もいつかそのような研究をしたいと憧れ目標にしてきました。この度受賞できたのも、これまでご指導ご鞭撻いただきました大原雅教授、共同研究者であるRichard Karban教授、塩尻かおりさん、渡邊幹男教授、また、多くの先生方、先輩方のおかげであります。この場を借りて、深謝申し上げます。まだまだ研究者としては未熟な私ですが、片岡賞受賞に恥じないような研究をしたいと思います。

 私は、種間相互作用をキーワードに植物の「生き残り戦術」を明らかにする研究をしてきました。生物間の相互作用には、相利共生のように互いに利益になるような関係もありますが、競争や捕食のように互いに利益のない、もしくは片方のみが利益を得るような関係もあります。多様な相互作用の中で、生物がどのように生き残っているのかを知ることは、生物多様性を生み出し維持する原動力を知ることになるのではないかと思っています。

 私の最初の研究は、オクエゾサイシンとヒメギフチョウの共存機構について調べることでした。オクエゾサイシンは落葉広葉樹林に生育する多年生の草本植物で、北海道ではヒメギフチョウの幼虫の唯一の食草です。ヒメギフチョウの成虫は、早春、カタクリなどの春植物に訪花する可憐な姿が有名ですが、幼虫の食欲はすさまじく、オクエゾサイシンの葉の葉脈以外すべてを食べてしまうこともあります。しかし、オクエゾサイシンとの関係が成り立たないとヒメギフチョウは成長できず、春植物への訪花も実現しません。そこで、この研究では、ヒメギフチョウによる食害が、オクエゾサイシンの成長や繁殖に負の影響を与えないのかを調べることにしました。そして、食害のタイミングの影響について調べたところ、ヒメギフチョウの産卵前に葉を切除すると結実率の低下や、翌年の生育段階の後退が見られましたが、幼虫の捕食時期に葉を切除した場合は、そのような負の影響はありませんでした。このことから、オクエゾサイシンは食害が生じる前に資源獲得を行っており、種子繁殖や成長は食害の影響を受けず、両者の共存が可能であることが明らかになりました。

 植物は生態系の中で生産者であり必然的に食害をまぬがれませんが、多くの場合、食害を受けても生き残っています。私は、植物の巧みな生き残り方を知ることが面白く、別の植物の生き残り方についても研究をしました。植物では、食害を受けた個体が放出する匂い成分(揮発性物質)を近隣に生育する無傷の他個体が受容することでその後の食害を減少させる現象が知られており、「植物間コミュニケーション」と呼ばれています。北米に生育するキク科ヨモギ属のセージブラッシでも、この現象が知られています。この現象は一見すると利他的な現象であり、その進化過程や生態学的な役割は大変興味深いものです。セージブラッシの野外集団においてコミュニケーションを行う個体間の遺伝的関係を調べたところ、根茎の分岐によって生じたクローン個体が隣接して生育し、クローン個体間では放出される匂い成分の構成が類似していました。さらに、遺伝的近縁度が高い個体の匂いをかがせた場合、抵抗性がより強く誘導されることが明らかになりました。つまり、植物間コミュニケーションはクローン個体や近縁個体を食害から守る役割を持ち、このことが植物間コミュニケーションが進化し維持されている理由の一つと考えられました。

 私は、この他にも、植物同士の相互作用である生殖隔離機構についても興味を持ち、エンレイソウ属における一方向性の雑種形成をもたらす要因の解明を行いました。この研究では、片方の親種に受精前の大きな生殖隔離と雑種個体の生存率の低さが見られ、一方向性の雑種形成が生じていることを明らかにしました。また、現在は、ナガバノイシモチソウを対象に、食虫植物の匂いが捕虫に与える影響の解明に取り組んでいます。

 生物同士の相互作用は多様で、これらの関係がある中で、生物は巧みに生きています。今後も、さまざまな生物の生き残り戦術を明らかにして、生物多様性の維持機構の解明に貢献したいと思います。


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岩崎 貴也 氏

 この度は種生物学会片岡奨励賞を頂き、身に余る光栄に感じるとともに、とても嬉しく思っております。これまでに片岡奨励賞を受賞された方々は大変優秀な方々ばかりで、受賞決定の報せを頂いた際には私などが本当に受賞していいのかという戸惑いもありましたが、今回の奨励賞を文字通り励みとし、より一層研究に邁進していきたいと考えております。このような栄誉ある賞を受賞できたのは、私が京都大学の学部4回生の時からずっと指導してくださった首都大学東京の村上哲明先生をはじめ、京都大学・首都大学東京・千葉大学・東京大学でお世話になった多くの先生方、これまでの研究を通じて全面的に支えてくださった共同研究者の方々、学会やセミナーなどで貴重な意見を下さった多くの方々のおかげに他なりません。この場を借りて深く感謝申し上げます。

 子供の頃、私は歴史や地理に興味があり、植物は好きではあったものの、自分がこうして生物学の研究をすることになるとは思ってもいませんでした。食べられる山菜や果実などは好きでしたので、家の近くにある食べられる植物は把握していましたが、今の研究に少しでも関係するようなことといったらそれぐらいでした。大学を選ぶ際も、まだ固まった興味がなく、物理学を勉強しようかなと考えつつ、後で専攻を選ぶことのできる京都大学理学部を選んだという経緯があります。そんな私でしたが、学部2回生の時に受けた生物地理学の授業に感銘を受け、遺伝子の情報を使い、現在の生物多様性の地理的パターンを歴史的側面から説明しようとするこの分野に夢中になりました。

研究室に入って最初に始め、現在でも継続して取り組んでいるテーマは、氷期間氷期という気候変動の影響を受けて日本の温帯林の分布がどのように変化したかを明らかにする比較系統地理研究です。当時は、特定の1種を対象とし、その種内の遺伝構造からその種の分布変遷史を明らかにする系統地理研究が盛んに行われていました。それに対し、私は、花粉化石などの結果から、現在の温帯林で同所的に生育している植物群は気候変動に対してもある程度共通した応答をしたのではないかと考え、その共通性を明らかにすべく、複数種を同時に対象にした比較研究をはじめました。まだまだ研究自体が途中段階ではありますが、広域分布する多くの種で共通して関東地方、日本海側地域、西日本という3地域間での遺伝的分化がみられ、それぞれの地域に少なくとも一つ以上の別々の逃避地が氷期中にも存在していたであろうことなどを示すことができました。さらに、自身で遺伝解析を行った広域分布種のデータと、先行研究のデータを用い、地理情報システムによる地理学的な比較解析や生態ニッチモデリング解析などを行った結果、日本列島の温帯林には更に細かい遺伝的まとまりや重要な遺伝的境界が複数種で共通する形で各地に存在していることを明らかにしました。この結果は、氷期の寒冷化が日本の温帯林の集団を大きく南下させたりはせず、各地域での分布の縮小・拡大による地域集団の形成を促したことを示唆しています。また、分布変遷史などの歴史性を考慮した上での保全にも興味を持っており、その過程で取り残されたと思われる房総ヒメコマツの絶滅危惧集団を対象とした保全遺伝学的研究にも取り組みました。その中では、遺伝構造や遺伝的多様性を明らかにするだけでなく、種子の自殖率と集団内の個体の分布パターンを景観遺伝学的に解析することで、極端に低密度化した個体分布の状況が、風媒の樹種であるヒメコマツであっても交配パターンに悪影響を及ぼしたことを示しています。これらの研究成果は、過去の気候変動が植物に与えた影響を理解する上で重要な知見であり、将来の地球温暖化が植物に及ぼす影響を考える際にも役立てることができると考えています。

現在では、これまでの研究を更に発展させる形で、過去の気候変動とそれによる植物の分布変化はどのような適応進化を同時に引き起こしたのか、また、将来の気候変動はどのような適応進化を引き起こすのかなどに注目して、適応遺伝子と野生植物の分布を結びつけるべく、研究を行っています。「生物の分布」は古典的な研究分野ではありますが、それ自体がまだ多くの謎を含んでおり、さらに生態学や進化生物学などの多くの研究分野とも比較的容易に連携できる大きな可能性を秘めた分野でもあります。今後は、生物に関する様々な「分布」を鍵とすることで、様々な分野と積極的に連携しつつ、生物多様性の面白さを伝える研究を進めていきたいと考えています。