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【書評】冬芽と環境-成長の多様な設計図-

新着情報 2016年01月18日

冬芽と環境-成長の多様な設計図- 八田洋章 編 (北隆館)
A5判 340頁+カラー口絵8頁 定価:本体4,600円+税 ISBN978-4-8326-0760-6

■芽には、次に伸びだしてくる茎や葉、花などが未熟な状態でつまっている。本書のタイトルにもあげられている「冬芽」とは、寒さと乾燥の厳しさゆえに自身の成長に不適な冬に、植物が春に開く葉や花を待機させている器官であるといえる。固着性である植物は、いかに冬の冷え込みが厳しかろうと、常夏の南の島にバカンスに行くことはできない。そのために、植物はそれぞれの生育する環境に適応した、多様な越冬の戦略を進化させてきた。
 本書で取り扱われる内容は、編者が編集意図として述べている通り、冬芽そのものだけにとどまらない。冬芽の数や位置(頂芽・腋芽・不定芽)、構造(同規構造・異規構造)の違いは開葉様式(順次開葉・一斉開葉)と関連し、樹木全体の形状や成長戦略に影響を与える。4部から構成される本書の"冬芽とは何か"と題された第1部の前半では、上記のような冬芽の種類や構造に関する様々な用語を、豊富な写真やスケッチを交えながら解説している。後半部では、花芽形成の遺伝的制御機構や芽の形成過程にはじまり、冬芽の構造・枝葉の展開様式・樹木全体の成長リズムなどの多様な観点から、植物の成長戦略とそれぞれが適応した環境について、こちらも豊富な実例を用いて解説されている。また第1部の最終章では、冬芽の進化的な由来と関連するものとして、熱帯雨林において年に多回伸長する樹木の芽についても取り上げられている。
 さらに本書では、一般的にイメージされる"樹木の冬芽"から扱うテーマをさらに広げ、第2部"さまざまな植物の冬芽、越冬の姿"として、タケ類や、草本植物、水草、シダ植物、コケ類、藻類や菌類に至るまで、その越冬様式について紹介・考察を行っている。専門に扱う研究者でもない限り普段あまり意識することのない内容であるが、それゆえに、非常に多くの新しい発見や興味深い内容に溢れているといえる。第3部"冬芽の伸長と展開、その実証的研究"、第4部"フェノロジー調査の現場から"では、それぞれ第一線で活躍されている研究者の方々と、樹形研究会に所属されているアマチュアの観察者の方々による調査・研究の実例が紹介されている。実際のデータをもとにした考察や、今後どのような研究が必要になるのかなど、専門外の人間であっても、本書で学んだ内容が実際の研究にどうアプローチしていくのか、わかりやすく深い理解ができる構成となっている。
 本書は、タイトルの「冬芽と環境」にだけ注目して作られたものではなく、「冬芽と環境」をキーワードに、それに関連する植物の多様な構造や成長様式について、ミクロからマクロ、また様々な分類群にわたって幅広く注目した内容になっている。本書全体にわたり、野外での観察例、写真やスケッチをはじめとする丁寧な図表、発展的な学習を助ける参考文献の紹介が非常に豊富である。本書の多岐にわたる内容が「厳しい寒さ・乾燥に適応するための植物の多様な戦略」の結果であるという事実には、植物の知恵と進化の不思議を感じずにはいられない。本書によると、トチノキの冬芽は大きな芽鱗と蝋物質に包まれているという。本書を片手に街路樹等の身近な樹木の冬芽を観察するのは非常に興味深いであろう。寒さと乾燥が厳しければ、コートとマフラーに包まれて。(勝原光希)