リンクLINK
【報告】第20回種生物学会片岡奨励賞 選考報告
新着情報 2026年10月19日
第20回 種生物学会片岡奨励賞 選考報告
2026年10月19日
選考委員会は,推薦のあった候補者の研究業績および種生物学会での活動について,慎重に調査・審査し,最終選考会議を10月2日に行いました。その結果,選考委員の全員一致で,以下の1名に片岡奨励賞を授与することを決定いたしました。なお,授賞式と受賞講演は12月11〜13日の種生物学シンポジウム会場にて行います。
野村 康之(奈良女子大学)
片岡奨励賞選考委員: 川北 篤(委員長)・富松 裕・本庄 三恵・山尾 僚
--------------------------------------------
野村 康之氏の受賞理由
野村康之氏は,チガヤを研究対象として,野外調査,栽培実験,遺伝解析などを組み合わせた進化生態学的研究に精力的に取り組んできました。なかでも特筆すべき成果は,チガヤの異なる生態型間の雑種における劇的な開花期シフトの発見です(Nomura et al. 2022)。チガヤには,開花期と生育環境の異なる2つの生態型が存在します。野村氏は両生態型の遺伝子解析を行い,両者が明瞭に遺伝的分化を遂げていること,さらに両者が混生する集団ではF1雑種が優占し,その後代にあたる雑種がほとんど存在しないことを明らかにしました。そこで,なぜF1雑種のみが維持されるのかという問いに着目し,野外調査を行ったところ,親生態型が4~5月に開花するのに対し,F1雑種は9~11月に開花し,この劇的な開花期シフトによりF1雑種は親生態型と開花期が重ならず,親生態型との戻し交雑が起きにくくなっていることが示唆されました。
野村氏はさらに,親生態型とF1雑種の生育環境を比較し,F1雑種が親生態型よりも幅広い土壌水分環境を利用していることを明らかにし,その背景にF1雑種が根茎の通気組織において親生態型よりも高い表現型可塑性をもつことが関与している可能性を見出しました(Nomura et al. 2024)。この結果は,F1雑種が有性生殖の面では制約を受けながらも,高い環境適応能力をもつことによって長期的に存続し,広範囲に分布している可能性を示しています。
雑種形成にともなう開花期,および生育環境のシフトを明らかにした一連の研究は,雑種形成後の生殖隔離と環境適応がどのように成立し,維持されるのかという,雑種種分化の初期過程を理解する上で重要な貢献です。
野村氏は現在,これらの研究を発展させ,チガヤが自家不和合性であること,およびF1雑種では集団内のクローン多様性が親生態型よりも低いことに着目し,それがF1雑種の有性生殖に及ぼす影響について研究を進めています。また,F1雑種における開花期シフトや高い表現型可塑性を生み出すメカニズムについて,遺伝子発現の観点から解明する研究にも取り組んでいます。今後,雑種形成にともなって生殖隔離と環境適応がどのように成立するのかについて,さらに包括的な理解が進むことが期待されます。
これらの研究に加え,野村氏は研究成果の社会へ普及にも積極的に取り組み,食虫植物の生態を扱った書籍の出版をはじめ,執筆や講演などを通して一般への発信に努めてきたことも特筆されます。さらに,種生物学会員としても,シンポジウムでの積極的な発表,和文誌シンポジウムでの発表,和文誌の執筆などを通じて,学会活動に大きく貢献しています。
以上の研究実績,および種生物学会での活動は,片岡奨励賞の受賞にふさわしいものです。野村氏の活躍は,種生物学を志す若手研究者に大きな刺激を与えるものであり,今後のさらなる活躍が期待されます。